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現代において信仰はいかに可能か
私にヘーゲルのいないキリスト教は考えられない。 カトリックの一信徒として、市井の哲学研究者として、ヘーゲルとキリスト教について考え抜いてきた著者が、その信仰と学究の思いとを注ぎ込んで編んだ渾身の書。現代においてキリスト教信仰はいかに可能なのか―この根源的な問いにヘーゲルをもって接近を試みた! 現代において哲学とキリスト教はどのように協働すべきなのか、あるいはより根源的に言えば、現代においてキリスト教信仰はいかに可能なのか。このような問いを抱えながら生きているすべての方々にとって、本書が一つの指針として何らかの役に立つことを願っている。(本書より) ヘーゲルは哲学者である以前に 一人のキリスト者であった! 理知的で厳格・冷徹な哲学者と目されてきたヘーゲルは、死を願うほどの苦境と精神の懊悩を経てキリスト教信仰に基づく絶対知へと到達していた、血の通ったキリスト者であった。著者自身の人生をここに同期させながら敬慕を込めて綴られた、ヘーゲル哲学の深い森へ分け入る最適の指南書。 若きヘーゲルは、一時期死を願うほどの経済的苦境と深い精神的懊悩に支配されていた。筆者はこの知られざる執筆背景について知った時、アカデミズムの頂点にまで上り詰めたこの厳格な哲学者に対する見方が百八十度変化した。そしてヘーゲルの著述のすべての行間に、「精神」へと名を変えたキリスト教徒としての生きた経験が存在していることに気付いた。(本書より)
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